【マイ・オピニオン】
民間に課せられた「マイナンバーの安全管理措置」など必要ないはず
マイナンバーの導入に備えて、マイナンバー対応策を解説するセミナーが全国で開催されている。社会保険労務士の筆者は、6月中旬にパソコンの給与計算ソフト会社に招かれて名古屋で講師になったが、参加者は350人だった。午前の部と午後の部に分かれたが、立ち見席までできるような混雑ぶりだった。
ところで、なぜ、これだけ多くの参加者が集まっているのだろうか? 理由は、マイナンバー法のなかで課せられている「安全管理措置」にある。
マイナンバー法は「第十二条 個人番号利用事務実施者及び個人番号関係事務実施者(以下「個人番号利用事務等実施者」という。)は、個人番号の漏えい、滅失又は毀損の防止その他の個人番号の適切な管理のために必要な措置を講じなければならない」と定めている。これを役所用語では、安全管理措置というのだ。安全管理措置を怠り、情報を漏えいしてしまった場合は、懲役と罰金が科せられる。
筆者は、この安全管理措置に対して疑問がある。そもそも、マイナンバーという12ケタの番号は、なぜ秘密にしなければいけないのか? 例えば「氏名番号」という情報が漏れたとする。その情報にどれだけの意味があるだろうか?
もし「番号」が保護されるべき秘密だとしたら、他の番号はどうなるのか? 例えば「雇用保険の被保険者番号」「年金基礎番号」「健康保険の被保険者番号」とか、いっぱいあるが、そちらはどうなるのか? これまで、そんな番号は議論の的になったこともなかったはず。
日本年金機構は、情報漏えい事件を起こしたが、流出した個人情報は基礎年金番号、氏名、生年月日、住所の4種類だった。もし氏名と番号のみだったら悪用のしようがなかったと考えるが、いかがだろうか?
セキュリティーに取り組むべきは民間ではなく役所
なぜマイナンバーの番号だけを問題にするのか? それはマイナンバーの怖さが背景にあると考えられる。マイナンバーだけでは意味がないが、役所の中に入って、その番号を叩けば、収入とか、預金とか、過去の病歴とか、全部わかってしまうのだ。
それならば、セキュリティーに取り組むべきなのは役所のはずだ。要するに、役所が情報セキュリティーに取り組めば、話は終わりである。民間には何の関係もないはずだ。
マイナンバー法とは、いったい何なのか? 筆者は、その本質を知るべくマイナンバー法が可決された平成25年の国会審議の議事録を丹念に読んでみた。衆議院では、3月22日の本会議から審議が始まった。そして、5月9日の本会議で採決した。参議院では、5月21日から審議が始まり、同月24日の本会議で採決した。審議時間は全てで、会議10回、約23時間であった。
筆者が気になったのは、民間企業に課せられた安全管理措置についてである。法案に賛成したのは、自民党・民主党・維新・みんな等で、反対したのは共産党・生活の党など少数だった。
質問に立つ議員の多くが賛成派だったので、追及する場面は少なく、形式的な議論に終始した。
そのなかで、気になった部分を挙げれば、「情報の保護体制はどうなっているのですか?」という質問に対して、甘利大臣は「次の措置を、特定個人情報保護委員会と連携して具体的に決めていく。1.情報の暗号化などの技術的な保護措置。2.職員に対する教育・研修などの組織的な保護措置。3.保管庫の施錠、立ち入り制限などの物理的な保護措置」と答えた。
官が喜び、民が苦しむマイナンバー法
この方針に沿って、平成26年12月にガイドライン(事業者編)が発表された。その内容は民間企業に厳しい安全管理措置を求めるもので、内容が知られるにつれ、民間に困惑が広がった。
甘利大臣は「民間企業での損害賠償はどのようなものとなりますか?」という質問に対して「具体的な損害が発生した場合は、安全管理を怠った企業に対し損害請求が起こります」と答えている。懲役罰金という刑事罰のほかに、民事賠償の請求の可能性を示唆したもので、民間企業を震え上がらせるに充分だった。
この安全管理措置のおかげで、民間企業は重い負担に苦しむこととなる。問題は、国会でどんな議論が行われたのかだが、その部分は「民間企業が、この法に適う安全管理措置を行う場合のコストはどう見たら良いですか?」という問いに対して4月11日の衆議院内閣委員会で甘利大臣が「小規模事業者の負担がどうあるべきか、あるいはできないならばどこまで制約するべきか、今後、閣内、省内でしっかり議論をしていきたい」と答弁しただけで、これ以降、この民間企業の負担に関しては議論に上がらなかった。
国会では、マイナンバーのコストパフォーマンスに関する質問があったが、それに対しては、衆議院本会議で、甘利大臣が「システム導入費用が3000億円程度、システム運用経費が年400億円程度で、これに対し、行政コストが年2300億円程度削減されるので、費用は容易に回収できる。」と答えた。
つまり、政府は、政府の側のみのコストパフォーマンスのみを考慮していて、民間の負担は一切考慮しなかったのだ。
こうして、官が喜び、民が苦しむ、というマイナンバー法が出来上がったのである。官は税金をビシバシ取り立てることが可能になったので、まさにホクホクだが、民間企業は余計な経費増に苦しむこととなった。
会社の経費が増えれば、経常利益が減る。ということは業績が下がるので、昇給や賞与にまで響きかねない。サラリーマンにとっても、他人事ではないのだ。